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人物研究会7月企画『教育と人権』 ~経緯と当日何が起きていたか~

 

人物研究会の7月企画『教育と人権』のきっかけは『A3<上・下>(森達也, 集英社文庫)』を読んだことでした。オウム真理教の教祖麻原彰晃(本名:松本智津夫)について、その人物像から一連のオウム事件まで、これまでの報道とは異なる視点で書かれており、第33回講談社ノンフィクション賞を受賞しています。本書の中で私の印象に残ったことは麻原ではありませんでした。私が最も衝撃を受けたのは、麻原の娘が大学から入学拒否されていたという事実でした。麻原の3女、松本麗華さんは合格した3つの大学(2003年に武蔵野大学、2004年に和光大学文教大学)から入学を拒否されています。


理由は松本さんの父親でした。「国家を揺るがした凶悪犯罪者の娘」というレッテルが松本さんの教育を受ける権利を剥奪したといえます。これを知って驚愕しました。それなのに調べてみてもこの事例についての意見は多くはありませんでした。麻原の娘を擁護することはオウム事件を擁護することに取られかねないという不安から、専門家も問題を避けているようにみえました。家族の誰かが犯罪加害者となったとき、残された家族もその罪を償わなければならないのでしょうか。もし償うべきだとするなら、どこまでに及ぶのか。犯罪被害者やその家族の保護に関する議論は現在多くなされている一方、加害者家族への視点を私たちは見落としがちです。


今回の企画は、松本麗華さんが経験された大学からの入学拒否という具体的な事例から「日本における加害者家族の実態」と「多様性をどこまで受け入れることができるか」という問題について考える場にしたいと思いました。主なテーマはオウムではないですが、松本さんを語るときにどうしてもオウムは絡んできます。一連のオウム事件には多数の被害者の方々がいるため、慎重に進める必要がありました。1部は『「麻原彰晃」の子に生まれて』として松本さんの半生について会場で共有したあと、2部では松本さんが経験された入学拒否問題を一般化した『「テロ組織」と報じられる団体の代表者の家族があなたの大学に入学してきたら、受け容れることが出来ますか?』という例題について考えるという構成としました。2部は人物研究会の1年生4名がそれぞれ賛成派・反対派に分かれて松本さんとディスカッションする形をとりました。これは、大学の主役はあくまで学生であると思ったからです。


当日の企画進行の妨げとなる恐れがあるため、メディアやSNS等で松本さんに対しての個人攻撃が疑われる人物の来場拒否という判断をとらせていただきました。


来場拒否の理由としては以下の通りです

・当会が定めた規定を守っていただけない恐れがあること

・当日の企画進行を妨げる恐れがあること

・当会の企画意図とは異なる報じ方をされる恐れがあること


この決定を「多様性を認めないものだ」と反対する会員もいました。また、当日の来場をご遠慮いただいた方からも「自分たちを入場拒否するなら松本さんの入学拒否についても答えが出ている」との指摘を受けました。これに対しては「大学という公的機関の入学拒否」と「サークルという私的団体の来場拒否」では問題の質が異なるのではないかと考えています。また、本企画は大学のサークル活動に過ぎないため、憲法における報道の自由や知る権利についての議論は適切ではないとも思います。報道の自由や知る権利に対しプライバシーの権利があること、松本さんの受ける不利益を考慮した際、来場拒否以外の選択肢が見つからなかったことなども来場拒否の根拠となりました。


来場をご遠慮いただいた方々については、来場拒否の旨を事前にメールでご連絡しました。当日も入場をご遠慮くださるようお願いしたのですが、受付を突破されてしまったことが残念でした。完全にこちら側の不手際です。また、企画中ヤジを飛ばす来場者もいました。迅速的確に対応することができず、松本さんや他の来場者の方々に不安や不快な思いをさせたかもしれません。


会場でとったアンケートを読むと、多くの来場者の方々が真剣に考えてくださったことが分かりました。


「加害者の生きてきた環境を知り、初めてそこに考えをめぐらせた」

「自分の目で見ること、耳で聴くことの大切さを感じた」


などの意見をいただき、本企画が意義あるものであったと感じることができました。


本企画の2日後となる7月6日、オウム事件松本智津夫を含む7名の死刑囚の死刑が執行されました。娘の松本麗華さんに対するツイッター上での誹謗中傷もニュースになりました。日本における加害者家族の状況はまだまだ問題を多く残しているということを知らされるものでした。我々の活動が、日々の喧騒の中で立ち止まって考えるきっかけとなれば、これに勝るものはありません。